Vol.92
ゆめ
どうも最近寝ざめがよくありません。ふとその理由を考えてみると、毎晩のようにゆめを見ていることに気付きました。
自転車のサドルに頭を置き、ハンドルに足をかけても仮眠できる私が、この頃熟睡できないでいるわけです。こうしたことは、これまでにも何度かありましたが、振り返ると共通するものがあります。
まず、就職して教室の子どもたちと過ごす中で、困難な問題に出くわすとゆめを見て、毎日が寝不足状態でした。ゆめの中で子どもたちの抱える問題の解決がスムーズでないまま目を覚ましていました。
また、組合の専従役員になりたての頃、用語に始まって専門知識を必要とする役をしっかりと果たさなければならないという壁にぶつかった時、ゆめの中で組合員からの難しい質問を受け、その返答に苦慮したまま朝を迎えることもありました。
人生のステージが大きく変わるときに、このような場面に遭遇するようです。今のステージといえば、当然、国会議員として国民の声を国政に反映するという重要な責務を負っているわけですが、政権交代前までは、善し悪しは別として、ほとんどゆめは見ませんでした。今国会で何としても成立させなければならない法案への思いが、睡眠中も脳を働かせているのでしょう。
今日24日(本当は毎月23日)、シベリアデーとして、強制抑留されていた方々が国会に集まられました。この日の成立に向けたシナリオは崩されました。しかし、残りわずか1週間(会期延長がなければ)となりましたが、最後まであきらめずに全力でとりくむことを、皆さまにお誓いいたしました。
政権交代を夢に見て、新政権こそと、期待をされている抑留者の方々に納得していただける答えを形にしていきます。「ゆめ」を、「夢」という明るい希望の光の中で、現実のものへとするために−。












